2017年1月16日月曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(有難い油)・・・24

2017.1.16月 快晴 午前4:21
 走行可能距離約10kmと計算できたので、ガソリンの残量は1リットル強となってしまった
状況で町の灯りが目に入ったのであった。ガソリンが減らないように、アクセルを踏み込ま
ないで、坂になったらできるだけ優しくアクセルを踏んだりしながら、灯りに向かって走った。
走ったというのは過剰表現であると言えるような、動きで町に入ろうとした瞬間、町の入り口
の角にスタンドがあった。私はこの瞬間の感激を今でも思い出せるほどの感激であった。
田舎のスタンドらしく、一台の注油機があるだけで、人影らしい人影無く、注油機のメーター
窓のガラスは壊れていた。何となく、動くのかなとか、油は貯蔵されているのかな等の心配
をしながら、事務所の裏の部屋に入った。「ハロ―ハロー」大声を出して、入っていった。
そこで見たものは、大男が3人で狩猟か密猟で得た大鹿の2匹と彼らの大型狩猟銃と
腰にそれぞれ吊るした狩猟刀であった。日本人が普通は見慣れていない光景である。
英語は達者でないので「ガソリン」と言い、カードを提示した。狩猟者が店の主のようで、
「OK」「セルフ」「キャッシュ」と言われた気がしたので、車に戻り友人に「自分で入れろ」と
言っているから、注油していいよと伝えた。店の奥に戻り、彼らが得た獲物を再度眺めた。
大きな獲物は彼らの自慢らしく、彼らは私にその血の付いた獲物を見ろというようなっ仕草
で指を指した。私は「グレート」と言って親指を立て、彼らの誇示感を満足させようとした。
アメリカ人に東洋人が価値観の違いにもかかわらずにゴマをすった場面であるが、私は
彼らを満足させた爽快感があった。素直に人を褒めることは、古今東西同じでないかと
思った瞬間であった。油が入り、キャッシュでドルを払い、彼らに再度親指を立てて、
私はホッとした顔でそこを出た。有難い油を感じた出来事であった。
次回は田舎のモーテルを記します。
               アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

0 件のコメント:

コメントを投稿