2017年1月23日月曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(サクラメント)・・・29

2017.1.23月 快晴 午後12:59
 朝方に自宅のPCに向かったら調子悪く掲載できませんでした。マイオフィスのPC
で掲載しようと思っています。
 サクラメントの町に向かう毎に、金曜日の午後だったのでアメリカ人はレジャーにむかう
車で混雑してきた。暫くは見たことのないラッシュである。但し、私たちは東に向かい、ラッシ
ユの車は東に向かうので、ラッシュにはあまり見舞われなかった。東に向かう車は、大部分
がレジャー用の車であり、乗用車は少なかった。ボートを引く車、カーハウスを引く車、珍し
いのは、大型バスが小型ジープをけん引している車であった。日本のレジャーと規模が違う
のである。思うに、日本の所得の数十パーセント増しの収入があるのだろうと思う。日本で
言えば、年収が1000万以上の生活の楽しみをしているのがアメリカと言えると感じた。
徐々に大都市のサクラメントに近づく、カルフォルニア州都のサクラメントですから、大きな
ビルが遠くに浮かんできた。少々道に迷い、Uターンやバックを繰り返し、モーテルを見つけ
た。綺麗で洗練された州都らしいカラフルなモーテルであった。受付をして部屋に入り、夕食
の段取りをして、一先ずホットする。残りの4日をどう過ごすか、あと何日でサンフランシスコ
に着くか等を打合せしていたらゴールデンブリッジの影がチラチラしてきた。映画や夢や、
記念写真で見たゴールデンブリッジである。サクラメントの町はどうでも良くなってしまった
のである。
                 アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2017年1月21日土曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(地名)・・・28

2017.1.21土 曇 午前6:44
 丁度車の走行距離が6000マイルを指した。直ぐに降りる出口があり、そこでドキドキ
しながら出口にハンドルを切った。降りた所は高い松の木に被われ、とても町があるよう
なところでは無い景色であった。わけの分からない言語の地名が飛び出すか、それとも
地名などが無いところか、高速上の陸橋を渡り、反対側の所に行った。何やら細長い
地名を指す緑色の表示板が見えた。勇んでその地点に進んだ。あった読める、意味も分
かる。それは「GOLD RUN」と読め、一瞬で意味が分かった。直訳で金が来るであり、
幸運が来るでもあり、良いことが起きるでもある。私は有頂天になってしまった。宝くじ
か万馬券を当てたより、大きなものが当たったと思った。私の今後の人生が豊かになる
はずであると想像した。それに、今後の大陸横断がとても得るものが多く、豊かになると
も思えた。このGOLD RUNに匹敵する反対の言語は沢山あるだろうが、私は余計な
言語は思い出さずに、アメリカ大陸よ、ありがとうと心の中で思い切り叫んだ。私の人生
の今後において、良いことがあればこの大陸の地名を思い出し、感謝をすべきと考えた。
それから5年後に、この地に再度来るチャンスに恵まれた。この地と再会を果たした時に
同じ標識を何度も拝んでしまった。5年の間は健康に恵まれ、金運もそれなりに恵まれ、
破綻せずに生活をしてこられた。アメリカ大陸の大地の神のお蔭と信じています。
 同じ地に二度も立てたことは、アメリカ大陸の地の神様のお蔭と信じています。それか
らは、アメリカ大陸を横断、縦断、太平洋側縦断、大西洋側縦断、V字横断、大陸内地
の彷徨、メキシコ湾岸彷徨、メキシコ国境彷徨、カナダ国境都市彷徨等、10回以上の
アメリカ大陸を彷徨をしたが、大事に至る事故は大陸神のお蔭で起きなかったのである。
私の人生のツキ事にピッチリ付着して離れないでいる大陸神様に深く感謝いたします。
次回はサクラメントの町を記します。

               アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2017年1月19日木曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(サクラメントへ)・・・28

2017.1.19木 快晴 5:07
 アムトラックと一寸並列縦走を楽しんだ。IN80号線に戻り、道路の右側は高い山で
左側は谷という景色の中を右に左に走った。閃きがあり、次の目的を掴んだ。それは
60歳を迎えた年に大陸横断を実施しているのであるから、ニューヨークを出てから
車の走行メーターが通算5700マイルになっている。60歳と6000マイルを縁起数字
とし、これから走っているうちに、走行メーターが6000マイルを指したら、次のインター
出口で降りる。そして、その町の名前の意味を解いて、60歳以降の人生の占いをす
る。例えば、その町が幸福に関する意味なら運よく、不幸に関する意味なら運悪くなる
から、その厄払いをする。どちらにしても幸福運が強くなる。このような意味を友人に話
し、了解を得て先に走った。景色と6000マイルを楽しみながら走った。カルフォルニア
州の東側は森林に被われた土地のようであり、西側は太平洋である。そのような景色
の中を2時間ほど走った。走行メーターは6000マイルまで一寸になった。いくつかの
出口が過ぎた。メーターはやがて5999マイルを指した。よし次で降りよう考え、スピード
を緩めにして走った。今でも忘れない景色が見えてきた。青空、モミの木、赤茶色の土、
人家の無い林、右に降りて左の橋を渡り、その小さな町のストリー名を読んだ瞬間に、
やったーと思えた。突然の閃きが最高のものを引きあてたのである。このことは次回に
記します。
アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2017年1月18日水曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(アムトラック)・・・26

2017.1.18水 快晴 午前6:56
 散々彷徨った山中の町からIN80号線に戻り、更に西に向かって走っていたら、眠気を
もよおし高速を降りて、高台の木陰の下で1時間ほどの睡眠をとった。1時間後に目を覚
まし、ぼんやりと下界を眺めていたら、長々と線路が日の上がる方から日の沈む方に伸び
ている。私は列車が来れば、アメリカ大陸横断鉄道の一コマが眺められると心が弾んだ。
期待通り列車が長い紐のようにくねくねとなりながら、こちらに来るのが目に入った。友に
「来た、アムトラックだ」と叫んでしまった。最初は一本の紐のように見えた列車は、近くに
なるに従って、紐から竜のようになってきた。これが有名なアメリカのアムトラックかと
感動して、アムトラックの線路の側道を走ってみようといたずら気を起こした。車のエンジン
をかけ、側道目指して走り、アムトラックと並列になれた。アムトラックの機関車の力強い
音が耳に入る、窓の中の乗客の顔が見える、その疾走から発生する疾風で側道の木々や
草が揺れる。私はその横をアクセルを踏み込み、並列縦走をし続けた。乗客が窓から私
達に手を振り、私たちもそれに応じ手を振った。まるでアムトラックに寄生する生物のように
なって走った。しかし、アムトラックのスピードに対応するのは大変であり、交通事故に
なりかねない走り方をしなければならない。私はスピードを緩め、アムトラックは大陸の
西にやがて消えていった。
  再びIN80号線に戻り、西のカルフォルニア州のサクラメントを目指した。州境まで
あと100km程度と分かり、アクセルを一寸踏み込んだ。次回はサクラメントの町を記し
ます。
               アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2017年1月17日火曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(田舎のモーテル)・・・25

2017.1.17火 快晴 午前4:45
 山の中をあと10km彷徨っていたらエンストを起こし野宿か車中泊の羽目になるはずで
あったが、ガソリンスタンドが現れ助かった。いい気分になりモーテル探しを始めたら、
ついている時は直ぐに目的物にぶち当たるのである。但し、泊まれれば良い、という程度
であった。何処かのチエ―ン店に加盟しているわけでないモーテルであったから、期待
できないと思ったが、寝られれば良いという最低の望みで泊まったから、不安は何も生じ
ないで泊まれた。カウンターの前で記帳していると、後ろから大声で「ワン」と唸られた
ので、びっくりして振り返ると、アメリカ狩猟犬の歓迎の声であった。闘ったらとても勝て
そうもない熊とも戦えるほどの大型の犬である。私は手を出してその犬を撫でることも出来
ずに、鍵を貰って部屋にはいった。部屋は心配するほど汚くは無く、コーヒーやタオル類
はそれなりに綺麗であり、ベッドのシーツもノリが効いている。しかし、シャワー室に入って
みると、そこは別世界のシャワー器具があった。衛生感は無く、お湯が出れば最高という
程度であった。一難去ってまた一難となってしまったので、部屋を取り換えようとしても
ムリだろうと思い辞め、儀式的にシャワーを浴びてベッドに寝転んだ。ベッド上で考えたが、
近くにレストランは無かったので、瓶詰缶詰と菓子類での夕食とすることにした。結果、
テーブル上には、ペット水、チョコレート、クッキー、ソーセージ2本、ビールとウイスキー
だけが揃った。友人と今日の失敗の原因等を相談しながら、明日は何処まで行けるか
を結論として夕食を食べ終えた。ネットで調べると、オレゴン州の一部まで車を走らせ、
ネバダ州境にて、このモーテルに泊まっているから、ネバダ州を抜けてカルフォルニア州
まで入れることが分かった。砂漠的草原から岩肌の山を抜けて、牧場のある山の麓まで
来たからカルフォルニア州都のサクラメント迄行くことにした。次回はアムトラックと並列
競争を記します。
                アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝

2017年1月16日月曜日

照沼重輝のアメリカ彷徨記(有難い油)・・・24

2017.1.16月 快晴 午前4:21
 走行可能距離約10kmと計算できたので、ガソリンの残量は1リットル強となってしまった
状況で町の灯りが目に入ったのであった。ガソリンが減らないように、アクセルを踏み込ま
ないで、坂になったらできるだけ優しくアクセルを踏んだりしながら、灯りに向かって走った。
走ったというのは過剰表現であると言えるような、動きで町に入ろうとした瞬間、町の入り口
の角にスタンドがあった。私はこの瞬間の感激を今でも思い出せるほどの感激であった。
田舎のスタンドらしく、一台の注油機があるだけで、人影らしい人影無く、注油機のメーター
窓のガラスは壊れていた。何となく、動くのかなとか、油は貯蔵されているのかな等の心配
をしながら、事務所の裏の部屋に入った。「ハロ―ハロー」大声を出して、入っていった。
そこで見たものは、大男が3人で狩猟か密猟で得た大鹿の2匹と彼らの大型狩猟銃と
腰にそれぞれ吊るした狩猟刀であった。日本人が普通は見慣れていない光景である。
英語は達者でないので「ガソリン」と言い、カードを提示した。狩猟者が店の主のようで、
「OK」「セルフ」「キャッシュ」と言われた気がしたので、車に戻り友人に「自分で入れろ」と
言っているから、注油していいよと伝えた。店の奥に戻り、彼らが得た獲物を再度眺めた。
大きな獲物は彼らの自慢らしく、彼らは私にその血の付いた獲物を見ろというようなっ仕草
で指を指した。私は「グレート」と言って親指を立て、彼らの誇示感を満足させようとした。
アメリカ人に東洋人が価値観の違いにもかかわらずにゴマをすった場面であるが、私は
彼らを満足させた爽快感があった。素直に人を褒めることは、古今東西同じでないかと
思った瞬間であった。油が入り、キャッシュでドルを払い、彼らに再度親指を立てて、
私はホッとした顔でそこを出た。有難い油を感じた出来事であった。
次回は田舎のモーテルを記します。
               アメリカ・中国大陸馬賊隊・・・照沼重輝